海外版雑誌
Book and Magazines
braddourif.org
Best View
IE 6.0
1024x768
Font size: Small

Brad Dourif -- Import Magazines

FanGoria #95
Japanese Digest
Japanese Translation

FANGORIA #95 (August 1990)
海外版ファンゴリア#95 1990年8月号 ... 日本語翻訳

Fangoria #95 インタビュー日本語翻訳!!
 翻訳Life is Gas様

Life is Gas様から、ファンゴリアの1990年夏版の翻訳を頂きました。今までとっても気になっていたお話もされていますが、読んでいくとDoruif様の痛みが伝わってきてファンには辛い内容でもあります。でもそんな葛藤を経験されたことも一つ一つがDourif様の演技や魅力につながっているんですよね、ますます尊敬してしまいます。それに美人に囲まれて素直に嬉しいっておっしゃるところもカワイイです〜。ほんとにストレートな物言いをされる方だと思いますが、決して悪意でおっしゃられてないし、はっきり言えるってスゴイことですよね。取材内容はとても豊富で興味深いです。翻訳するには辛い部分や大変な部分も多かったのに、Life is Gas様が日本のファンのために頑張ってくださったので、ぜひ楽しんでください!文中のリンクはウィンドウが開いて注釈が読めるようになっています。ご利用ください。Life is Gas様、翻訳ありがとうございます!!
Brad Dourif特集ページ p14〜18

雑誌:Fangoria #95(August 1990)
筆者:Kyle Counts/カイル・カウンツ
翻訳:Life is Gas様

ブラッドを徹底解剖
ホラー映画界の新星ブラッド・ドゥーリフは「チャイルド・プレイ2」ではチャッキーに声を与え、「エクソシスト3」では悪魔を体現した。(カイル・カウンツ)

ブラッド・ドゥーリフに、「あなたが選ぶ映画の役はどうして気性が激しいのか?」と尋ねると、彼は「ありがち」な答えを返してくるだろう。「僕の気性が激しいからだよ。」細身で精悍な容貌の俳優は、どういうことなのか更に具体的に説明してくれた。「僕自身に漂う緊張感か何かが眼に表れるんだ。セットに座って、ハムサンドのことを考えていたとするだろ。他人は僕が深遠な思索に没頭していると思うかもしれない。でも実はただハムサンドを想像しているだけなんだ。」

1980年、ビンセント・キャンビーはニューヨーク・タイムズ紙で「今年期待の新人」12人の1人にドゥーリフを挙げている。その記事でキャンビー「ドゥーリフは同世代で最も熱情的で、最も興味深い若手俳優の一人だといえる。問題があるとすれば、精神異常者がはまり役になってしまう可能性があることだ。」と書いている。

キャンビーの言葉は予言とも言えた。ドゥーリフの名は悲劇的な状況に陥る運命の、落ち着きが無く、虚ろな眼差しをした社会の落伍者像と結びついてしまう。「カッコーの巣の上で」では吃音の精神病患者(彼はこの役でゴールデングローブ賞と英国アカデミー賞を受賞した)、ジョン・ヒューストンの「ワイズ・ブラッド」では妄信的な若い牧師、「チャイルド・プレイ」では病的殺人者チャールズ・リー・レイ、トビー・フーパーの新作スリラー「スポンティニアス・コンバッション」では、自分の周囲に火を起こす能力を持った男を演じている。
そしてこの夏、彼は「エクソシスト3」でサタンにまみえた。

これらの特筆すべき作品に出演したほか、テレビではカルト教団の教祖ジム・ジョーンズのために毒入りクール・エイドを調合した医者(「ガイアナ人民寺院の惨劇」)、同性愛者でのちに政治活動に身を投じた軍人(「Sergeant Matlovich vs the U.S. Air Force」)、牙を持ち、闇に生きる怪物に変身する牧師(「I, Desire」)などを演じている。彼に浮ついた喜劇の主役がなかなか回ってこない理由が分かるだろう。「妻(アルコール依存症カウンセラーのジョーニー)はもう異常者はやるなっていうんだ。」と、40歳になったばかりのドゥーリフは笑いながら言った。「彼女は正しい。僕は少々やりすぎたよ。」

ドゥーリフが演技に興味を抱くようになったのは、母の影響もあった。彼女は舞台女優で、就寝前には彼(と兄弟姉妹)にお気に入りのお話をドラマティックに語って聞かせた。ドゥーリフは彼女の思い出をこう語る。「彼女は地元の舞台に出演していて、とても上手かったんだ。その後父(ドゥーリフが3歳の時に亡くなった)と恋に落ちて(ウェスト・バージニア州のドゥーリフの生地)ハンティントンに移ったんだ。」

子供の頃は絵描きや詩人になることを夢見たこともあったが、それでも学校の学芸会や姉妹達と自宅で開くお芝居などで、演劇との関わりが途切れたことはなかった。演技は彼にとっては一種の「生き残り」術だったのだ。「僕はほんの子供の頃、夢想癖があってね。とても恥ずかしがりで引きこもりがちな子供だったんだ。学校に慣れたりとか、そうしたことには苦労したよ。僕に唯一できたのは別の世界を作ることだった。『自転車泥棒』と『赤い風船』を見たことがある。この2本には強く感じ入るところがあって、自分にとって本当に大切だと確信したよ。映画芸術を通じて僕の中に閉じ込められていた何かが表現されたんだ。」

役者を生業としたいという望みが固まったのは、1969年、クリストファー・マーローの「フォースタス博士」を上演している最中だった。「これを演じている時に、役者になるべきなんだと気づいたんだ。」とドゥーリフは語る。「その舞台では天に昇る心地がした。」

青年期の反体制文化への傾倒から、彼はニューヨークへ向かい、1970年にサークル・レパートリー・シアターに参加した。彼は16歳のときから毎年、レパートリー劇団の夏興行で働いていたため、音響、大道具、舞台進行など、舞台運営の技術的な面に精通していた。結果、サークル・レパートリー劇団では小さな役をこなしながら、舞台監督の補佐をした。

ドゥーリフはある夏、劇団のウェスト・バージニア分遣隊とともにニューヨーク州北部のウッドストックに赴いた。彼は後に当地に住まうことになる。彼らが上演した最初の2本の劇はひどい出来だったが、団員の技術を研くことはできた。そしてランフォード・ウィルソンによって天啓がもたらされた。劇団は一幕物の劇を3本上演し、「突然、全員がどう演技したらいいのか分かったんだ。アンサンブルとして強い結びつきが生まれ、駄作でも鑑賞に足る劇として上演することができるようになったんだ。」

ウィルソン作1972年初演の「When You Comin’ Back, Red Rider?」は、ドゥーリフの性格俳優としての地位を固め、「僕を本当に有名にした」役、「カッコーの巣の上で」のビリー・ビビットへの地ならしとなった。(監督のミロシュ・フォアマンはRed Riderをオフ・ブロードウェイの舞台で観て、その日のうちに彼を雇っている。)彼は「カッコーの巣の上で」の後、サークル・レパートリー劇団を離れた。

「カッコーの巣の上で」でオスカー候補になったことで、ドゥーリフの生活はもみくちゃにされた。「マジで怖かったよ。」彼は顔をしかめる。「僕には何もかもが早すぎたと思う。心の準備ができていなかった。若すぎたんだよ。」彼はオスカー授賞式に行ったが、結局賞はジョージ・バーンズに渡った。英国アカデミー賞では見事栄誉に輝いたが、それでも壇上で賞を受け取っても、受賞スピーチを行うことは断った。

ドゥーリフが記憶しているのは、オスカー候補で巻き起こった狂騒のせいで彼はますます世間から隠れようとしたということだ。「ニューヨークの北に引きこもって、隠れたんだ。僕には(候補になったことが)とんでもない間違いに思えた。あれは僕じゃないってね。遅かれ早かれ、みんなが僕を(オスカー候補に)ふさわしくない、僕には演技ができないと見抜くんじゃないかと思うようになった。僕の足元が崩れ去って、奈落に落ちるような気がした。だから、そうしたことから身を隠したんだ。」

「カッコーの巣の上で」の後、(Red Ryderの映画化作品を含め)彼はキャリアをアップできそうな役を幾つも断った。「僕は断固として成功するまいとしていたんだ。」と告白した。「僕は自分が成功しないと納得するためには何でもやった。」彼が自分で自分を妨害していたことは、彼が「ディア・ハンター」と「ヘアー」のオファーを断ったことに如実に現れている。
結局2つの役はジョン・サヴェージに回った。何にもまして、彼はビリーによく似た役は避けた。

「『カッコーの巣の上で』以来、僕は吃音の役を演じようとは思わなかった。その後はタフな人間を演じた。でも70年代映画制作現場で何かが変わった。映画産業は特定の層をターゲットにして映画を製作し始めて、
より普遍的な作品は時代遅れになった。そして面白い役はどんどん少なくなって、本当に人気のある俳優だけがそうした役を得たんだ。僕はまるで人気がなかったから、人殺しの役を演じるようになったのさ。」



ドゥーリフは生活を維持するために実に「数多く殺人者の役」を受けた。観客がドゥーリフのことを考えたとき「狂人を演じる俳優」と思い浮かべるのも仕方ない。「他にどう言い様がある?」彼はからかうように自分が選ぶ役柄について語った。「そういう役をこれまで沢山やってきたんだ。」

「アイズ」ではフェイ・ダナウェイの運転手を演じた。この役は完全にいかれてはいなかったが、「ずっと自分を犠牲者だと思い込んでいる点では異常と言える」ものだった。(結果として彼は若くして命を落とす。)ドゥーリフはこの仕事を大いに楽しんだ。「この作品ほど楽しかったことはなかった。ニューヨーク市のど真ん中さ。ニューヨークでロケをするのはとても楽しかった。それに信じられないほどの美人達(モデル役の女優)に囲まれてたんだ。今まで仕事した映画で一番魅惑的だった。」

しかし、「アイズ」の脚本は大幅に書き換えられ、脚本家の一人ジョン・カーペンターが今ではこの映画を自分の作品ではないと主張するほどだ。「何百万回と書き換えられたよ。」とドゥーリフは説明する。「撮影を開始した週も書き直していたし、監督のアーヴィン・カーシュナーが到着すると、彼がまた書き直した。」

1982年のテレビ映画「I, Desire」では吸血鬼を演じた。(ドゥーリフ談「楽しかったよ。僕はいつも吸血鬼映画をやりたかったんだ。」)共演はデビッド・ノートンとドリアン・ヘアウッドだった。その後、ドゥーリフは初めて巨額予算のハリウッド大作に参加する。デビッド・リンチ監督がフランク・ハーバート原作の「砂の惑星」を映画化するという野心作で、ドゥーリフはハルコネン家のメンタート、パイターの役を演じた。「僕が演じた最初のサイコパス(精神病質者)だった。」と彼は言う。「デビッドに言ったよ。もしこの役をやったら、それに終わりはないとね。僕は正しかった。あの役が人殺し役の始まりだったんだ。」

「砂の惑星」についてどう思うかと聞かれて、彼の答えは実に率直だった。「『砂の惑星』は駄作だ。あの作品の問題は、2部構成にするべきものが1つの作品にされたということだ。作品に盛り込まれなければならない情報量は1つの映画には収まらなかった。第1部がアトレイデス家の崩落まで。第2部ではフレーメンにもっと時間を割くべきだった。彼らが端折った部分は解説がつけられた。『そして・・・そして・・・そして、このことがおこった』という具合にね。」

「砂の惑星」は駄作だったかもしれない。(ドゥーリフ談「撮影は長くて、巨額の資金がかかった。−大変な無駄遣いだったよ。」)しかし、ドゥーリフは映画のデザイン面には驚かされたという。「気をつけないとSFはセットと衣装だけになってしまう。周囲にも意味を持たせられるように、何か魔法のようなものを創造しなければならない。その点でこの作品はとても楽しかったよ。『砂の惑星』ではそれぞれの星がどんなところか分かったしね。」

ドゥーリフは、リンチの作品中最も賞賛される芸術作品「ブルー・ベルベット」で、デニス・ホッパーのいかれた子分集団の1人を演じているが、彼に言わせると「端役」にすぎないという。セットで過ごした3週間について彼は「面白かった。本当に楽しんだよ。」と語った。「僕はデビッドが大好きで、凄い人だと思ってる。僕の仕事は多くなかっただけさ。」リンチのエキセントリックさについて、ドゥーリフは「むしろ変人だ。見た目は名門予備校生みたいだけど、話すとフィラデルフィア訛りのピーター・ローレみたいなんだ。とても道徳的な面もあるけど、ユーモアのセンスは本当に一風変わってる。彼は気味の悪いものに本当に興味津々で、これまた信じられないようなユーモアセンスでそうしたものの話をするんだ。僕は今までこれほど常軌を逸しているくせに、政治的に保守的な人間に会ったことがないよ。」

ドゥーリフによれば、リンチの素晴らしい才能とは彼の想像力だという。「今は幻滅の時代−色々な様式が消えていく時代だと思う。業界全体がこれまでやってきたことの繰り返しになっている。資金はそうした作品につぎ込まれてゆく。デビッドはオリジナルの想像力を持っている唯一の人物でそうした監督は生き残れないだろう。彼は自分のどんな夢でも、どんな想像でも、たとえそれがどんなに恐ろしくても、明快に理解し、信じている。彼には表層の下を探求し、見つけたものを繋ぎ合わせて生命を与えることのできる力が本当にあるんだ。彼は『変身』をやりたがってた。だってそうだろう?彼はカフカに似ているよ。カフカは本当に表層の下を見ていたんだ。つまり、官僚体制のイメージとしてのゴキブリこそオリジナルの想像なんだよ。」



チャイルド・プレイでドゥーリフは無垢の人形に魂を移す殺人鬼を演じている。トム・ホランドとは前年に「危険な天使」で仕事をしているが、彼のおかげでこの役に興味を持ったという。「トムは僕のところにやってきて、『僕は観客が最後に君が滅ぼされるのを見て喝采するのを見たい。』って言ったんだ。それで脚本を読んで、殺人鬼の魂を機械人形に乗り移らせるというのはなかなかイケてると思った。」

「僕の最初の仕事は映画のトーンを決めることだった。僕の役を命よりはるかに大きなものにして、観客が何か途轍もない事が起こるということを見せることなんだ。僕がやりたかったことはチャッキーを本当に恐ろしいものにすることだけど、人形にはできなかった。老人とのシーンでチャッキーが物を投げるところで僕はあと100倍は激しくしたかったんだ。僕は彼ら(人形師)に僕が目指すものを説明したけど、できなかった。それほど洗練された人形はなかったんだ。」

ドゥーリフは−声の出演だけだが−この秋公開予定のチャイルド・プレイ2で同じ役を演じている。「続編ではチャッキーのトーンが変わっているので、演じ方も変わっている。」と彼は説明する。「もっと可笑しいんだ。ジョン(・ラフィア監督)と僕は編集者と一緒に(編集室に)篭って、色々な声を試した。何度も何度も録音し直したよ。第1作みたいな長回しのシーンはなくて、もっとビジュアル・トリップみたいだ。」

ドゥーリフが再度殺人人形チャッキー役を引き受ける決心をしたのは、ギャラの高さが動機だったかもしれないが、彼が決してこの役を軽く考えているわけではない。だからこそ彼はチャールズ・フライシャーのような声優をとても尊敬しているのだ。「彼はロジャー・ラビットに本当に心血を注いでいる。大抵の役者は(声優という役割で)キャラクターが生かされるのに必要なエネルギーを注いだりしない。編集のとき、もう少しリアルな声にできるか?もっとエネルギーを込められるか?僕はチャッキーに持てるもの全部をつぎ込んだ。5分かけて役になり切ってから、本当に泣きわめいたよ。僕は本気で怒ったり、彼の痛みを感じなければならなかったんだ。」

「スポンティニアス・コンバッション」に触れると、ドゥーリフは低くうめき声を漏らした。これは彼の最新作で、これまたあまり話したくないものだった。−理由は明らかだ。「僕が迫真の演技をしているのに、出来の悪いシーンがあるのが分かるだろう。出来が悪いわけは、あの映画が意味不明だということさ。」と彼は不満を口にする。「可笑しいくらいだ。実際、後の方のシーンで僕の演技が次第に良くなっていくにつれ、映画はどんどん可笑しくなっていくんだ。」

トビー・フーパーが指揮したこの作品について、ドゥーリフは自身を「自分達が何をしているのか分かっていない人々のなすがまま」になっていたと言うが、だからといってフーパー1人を批判しているわけではない。「多分これは話すべきじゃないんだろうけど、でも僕が思うに、製作者が作品をぶち壊しにしたんだ。トビーは同じ素材で3つの別々の作品を作って、それぞれが成功することができたと思う。でも作品が彼の手に渡るまでには、ラブストーリーから、僕の役が抱く偏執病的妄想のサスペンススリラーに変わってしまった。人類を抹殺できる破壊力そのものになる異常な殺人者という、いわゆる「自己破滅」の話になってしまったんだ。僕らは立ち返ってラブストーリーに仕立て直そうとしたけど、うまく行かなかった。作品の序幕は最高で、僕の演技もいい。でも発火現象が出てくる頃には、ばかばかしくなってたよ。」

ウィリアム・ピーター・ブラッティが、大成功した悪魔憑きの話の続編として制作した「エクソシスト3」で、ドゥーリフは「非常に重要な情報」と彼自身が称するものを観客に提供する精神病患者を演じる。(ドゥーリフは「エクソシスト2」を「大嫌い」と切って捨てた。)彼はこの映画では機密事項があることを認めている。ラストシーンは撮影まで脚本を渡されなかったという。また彼によるとブラッティが2種類のエンディングを撮影したのは事実だという。しかし彼は筋書きについて語ることは恐れたので(役者は全員守秘義務を誓っている)、代わりに自分の役についての概略を説明してくれた。

「この役で問題なのは、膨大な量の解説を任されていることさ。」とドゥーリフは言う。「初めて脚本を受け取ったとき、僕のシーンの1つは8ページ位あって、もう1つは14〜16ページで、ほとんどが対話なんだ。僕らは両方のシーンを撮影したけど、なぜか上手く行かなかった。しかも話の構成上不可欠な部分だった。それで両方とも撮り直さなければならなくなったよ。ジョージ・C・スコット(共演者)が問題点を指摘してくれた。僕が、全部をほとんど同じような強さで演じるという単純なミスを犯していたんだ。」彼の作家兼監督ブラッティに関する意見は極めて肯定的だ。「彼は本当に知的な好人物だと思ったよ。ユーモアセンスは僕が今までに会った誰よりも変わってたけど。それと、彼は書物に大変な敬意を払っているんだ。」

現在、オファーを受けている役について尋ねると、彼はこう答えた。「だんだんよくなってきてる。僕は人々に(精神異常者とは)別の役でもできると認めさせることができるよ。僕の分野は広がり始めているんだ。」

現在配給会社を探しているウェイアン・クーの「Grim Prairie Tales」という独立系ホラー映画で、ドゥーリフはいささか赴きの異なる役を演じている。彼の役は「正常な男」で、ジェイムズ・アール・ジョーンズが演じる「ぶっ飛んだ」役と対象を成している。「これは昔の西部を舞台にした4つの怪談話のアンソロジーなんだ。とてもユニークな作品で、それが問題かな?僕は今までの仕事はあまり好きではないけれど、この映画は好きだ。確かにホラーという分野の映画ではあるけど、ホラーの概念を打ち破っている。多くの西部劇と違って、コンセプトは完全にアンチ・ヒーローさ。」

かたや低予算のブラック・コメディー作品「Medium Rare」ではドゥーリフはぶっ飛んだ役を演じている。この作品は電気に触れるとリビドーが暴走してしまうロックギタリスト(ドゥーリフ)が、最後には頭を電子レンジに突っ込むというものだ。共演はバート・ヤングとレイニー・カザン。製作は「ミュータント・タートルズ」のサイモン・フィールズ。

果たして彼は混じりッけなしのロマンチック・コメディをやることがあるのだろうか?「それはないと思う。できるとは思うけど、今この時点で、誰も僕にできると確信できないだろうね。」では、ボタン・ダウンのシャツを着たノーマルなタイプの役はどうだろう?「ノーマルって何?」彼は疑り深そうに質問し返してきた。「いつかは結局、女性とくっつく役とかコメディもやるだろう。でも僕は大人気の主役タイプじゃないんだ。狂気をまとった役を演じるなら、それは僕がそうしたレベルの痛みや怒りにたやすく達することができるからだ。ある程度までなら、人はみな自分自身の中のそうした部分に近づくことができるのさ。」

「僕が1988年にウッドストックを離れてロスアンゼルスに向かったとき、
本当は行きたくなかったんだ。この国を横切って爪あとがついている。ここは僕がいたい場所じゃない。理想を言えば、ウッドストックに戻りたいけど、今それはできない。それ以来、幸福とは、所詮はかなり気持ちの持ちようなんだっていうことを学んだよ。」

Translation of Brad Dourif's interview made by Life is Gas.
Original was made by Kyle Counts: Fangoria August 1990.
Fangoria様

Wlecome to amazing actor Brad Dourif Japanese fan site !

Greeting Cards Fansite Ranking

Poll Section

|

Greeting Cards

|

spaceman's movie and tv page

Brad Dourif .web was created on February 19, 2003.

email to webmistress Poll section