Brad Dourif - Movie Pamphlet (Japanese) -
Mississippi Burning (1988) ... Brad Dourif as Deputy Clinton Pell

映画パンフレット ... ミシシッピー・バーニング ... ペル保安官代理

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邦題:ミシシッピー・バーニング
原題:Mississippi Burning
1988年
発行日記載なし
22頁
監督:アラン・パーカー
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Dourif様の写真は3枚
記事はIntroductionとStoryで触れられていますが、キャスト紹介はなく、クレジットのみです。

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Anderson/ルパート・アンダーソン Gene Hackman/ジーン・ハックマン
Ward/アラン・ウォード Willem Dafoe/ウィレム・デフォー
Mrs. Pell/ペル夫人 Frances McDormand/フランセス・マクドーマンド
Deputy Pell/ペル保安官代理 Brad Dourif/ブラッド・ダリフ
Mayor Stucey/判事ティルマン R. Lee Ermey/R・リー・アーメイ
Sheriff Stuckey/保安官スタッキー Gailard Sartin/ゲイラード・サルタン
Townley/タウンリー Stephen Tobolowsky/スティーブン・トボロスキー
Frank Bailey/フランク・ベイリー Michael Rooker/マイケル・ルッカー
Lester Cowens/レスター・コーエンス Pruitte Taylor Vince/プルーイット・テイラー・ビンス
Agent Monk/捜査官モンク Badja Djola/バヤ・ヨラ
Agent Bird/捜査官バード Kevin Dunn/ケビン・ダン

INTRODUCTION

  1964年夏。ミシシッピー州ジェサップの町で、3人の公民権運動家が突然その姿を消した。事件を重要視した連邦政府は、直ちに大掛かりなFBI捜査団を現地へ派遣した。
  ルパート・アンダーソン。元ミシシッピーの郡保安官。したたかでタフで寡黙。この土地でどんなやり方が通用し、適切かを熟知している捜査団きっての腕利き。
  アラン・ウォード。ハーバード大出のバリバリのエリート捜査官。法の正義を信じる優等生タイプで、老かいなアンダーソンとことごとく対立する。
  全てに対照的な2人のFBIエージェントが、消えた3人を追って、敵意に充ちた不穏な町を行く。焼き打ち、爆破、殺人、リンチ―!―一触即発の危機をくぐり抜けて、アンダーソンらがたどりついた事件の核心とは?、そして彼らが見た恐るべき事実とは?

  「ミシシッピー・バーニング」。それは文字通り、熱く燃えるような歴史フィクション。公民権運動が嵐のように吹き荒れた’64年"フリーダム・サマー"のミシシッピー州ネシュバ。そこで実際に起きた3人の公民権運動家(ユダヤ系白人2人、黒人1人)殺害事件をモデルに、アメリカ史の知られざる部分にダイナミックにメスを入れたサスペンスフルな話題作だ。

  歴史の真実と事実の重みをいま白日のもとに―。噴き上がる怒りの衝動のもとに敢えてタブーに挑み、ミステリアスな事件の全貌再現を試みたのは、「ミッドナイト・エクスプレス」「バーディ」「エンゼル・ハート」など、いま最も旺盛な作家精神を発揮している鬼才アラン・パーカー。強烈なショットの積み重ねと、TVで鍛えたリアリズムで、手応え十分の第一級サスペンスに仕上げている。

  2人の対立するFBI捜査官に扮してドラマをグイグイ引っ張るのは、「フレンチ・コネクション」(’71アカデミー主演男優賞受賞)「追いつめられて」の名優ジーン・ハックマンと、「プラトーン」(’86アカデミー助演男優賞ノミネート)「最後の誘惑」(イエス・キリスト役)など、研ぎすまされた個性でメキメキ売り出しのウィレム・デフォー。なかでもハックマンの熱演には、近づくアカデミー賞最有力の下馬評が高まっている。他に「赤ちゃん泥棒」のフランセル・マクドーマンド、「ブルーベルベット」のブラッド・ダリフらが好助演。

  制作は’88年にリチャード・ギア主演の「マイルズ・フロム・ホーム」(未)を当てたフレデリック・ゾロと「シルビーの帰郷」「アフター・アワーズ」のロバート・F・コールズベリー。
  脚本は「マイルズ・フロム・ホーム」で製作のゾロと組み、オフ・ボロードウェイでヒットした「非常階段」などの戯曲でも力量を見せた新鋭クリス・ジェロルモ。
  撮影は「ナインハーフ」「ワールド・アパート」の名手ピーター・ビジュー。

  実際の事件が起きた場所と目と鼻の先のミシシッピー州ジャクソン、アラバマ州ラファイエットにオール・ロケを展開した撮影。特にジャクソンでは地元住民数百人がエキストラとして参加し、忌まわしい悪夢のような事件にもかかわらず積極的協力姿勢を見せてスタッフを感動させた。
  また、音楽のとればー・ジョーンズが黒人霊歌とホンキー・トンク調を駆使してディープ・サウス(深南部)の雰囲気をかもし出しているのも聞き逃せない。

(Introductionは一部誤植がありましたので、テキストのほうは修正を加えてUPしています)

STORY

  1964年・6月、ミシシッピー州ジェサップの町で、3人の公民権運動家が突然姿を消した。おりしも全米にフリーダム・サマー(自由の夏)の嵐が吹き荒れているときでもあり、この失踪事件を重要視したFBIは2人の腕ききの捜査官を現地に派遣した。

  ルパート・アンダーソン(ジーン・ハックマン)―したたかでタフで寡黙。元郡保安官でこの地での人々の扱い方、操作方法をよく心得ている。
  アラン・ウォード(ウィレム・デフォー)―ハーバード大出のバリバリのエリート。法の正義を信じる直情タイプで、老獪なアンダーソンのやり方に、ことごとく反発する。この全てに対照的な2人は、対立しながらも失踪した3人の捜査を開始したのだが、この町の人々は彼らに対し、なぜか非協力的なばかりでなく、敵意を抱いてさえいた。そして、彼らに少しでも協力的な態度を見せた人々は、何者かに家を焼かれたり、リンチにあい、証人は再びその重い口を閉ざした。

  遅々として進まぬ捜査。イラ立つウォードは数10人の捜査官の応援を頼んだ。やがて、町外れの沼から失踪した男たちが乗っていた車が発見され、それを機にさらに100人の捜査官が増員され、大掛かりな遺体の操作が行われた。だが、遺体どころか手掛かりひとる見つけることが出来ない・・・。一方、アンダーソンは保安官スタッキー(ゲイラード・サルタン)とその助手ペル(ブラッド・ダリフ)の仲間たちが事件に関わっているという確信を持ち、ペルの留守中にその妻(フランシス・マクドーマンド)を訪ねた。彼女の口も重かったが、彼は、彼女が夫とこの町に嫌悪していることが、事件の糸口を探るきっかけになるように思えた。

  そんなある日、ウォードとアンダーソンは、フリーダム・サマーの行進に参加して留置され、釈放されることになった黒人青年を、何者かのグループが殺害する計画があるという情報を受けた。その夜、警察署を見張っていた2人は、釈放直後にその青年を車に押し込み誘拐する一団と、それを笑って見ている保安官たちの姿を目撃した。2人はその車を追跡したが、一足遅く、青年は瀕死の重傷を負って林の中に置き去られていた。

  この町は一体、何を隠しているのか。2人の捜査を嘲笑うかのように、再びある黒人の家が焼き打ちにあった。だが、この現場は1人の少年に目撃された。そして、その証言により3人の容疑者が裁判にかけられたが、結果は不平等をきわめ判決は無罪同然だった。
  その直後、この判決に刺激された町のあちこちで焼き打ちが起こり、目撃証言をした少年の家も焼かれ、父親はリンチにあって木に吊るされた。

  アンダーソンは再びペルの妻を訪ね、とうとう彼女の口からペルが事件に関わっているらしいこと、失踪した3人の遺体が埋められている場所などを聞き出した。このことにより、ようやく捜査は一歩先に進めたが、彼女はそのことを知ったペルにめった打ちにされ、重症を負った。その事に逆上するアンダーソン。それをなだめるウォードも、まだ見えないこの町の秘密をすべて白日のもとに曝すため、アンダーソンの提案した思い切った手段をとることに同意した。プロの脅し屋を雇い、陰で糸をひく町長を痛めつけて口を割らせ、一気に決着をつけようというのだ。

  次々と町長の口から明かされる事件に関与した人物たちの名前。犯行の動機・・・・・。ついに事件の核心が恐るべき姿を見せる。だが、全てがそれで終わったわけではなかった。

(上映時間2時間6分/カラー35o/ビスタビジョン/1988年/オライオン映画作品/字幕スーパー菊池浩司)

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